内山節

最近、内山節の本を3冊ほど続けて読んだ(『怯えの時代』『時間についての十二章』『文明の災禍』)。『怯えの時代』は震災前に書かれたものだが今の私たちにぴったりの本。内山氏は哲学者、ということになっているけれど少し前ならこういう本は文芸評論家が書いたものだった。中村光夫とかそういう人が。最近の文芸批評家は文章が下手になって読むに堪えなくなった、からこういう本を書けなくなった、あるいは書かせてもらえなくなったのだろうか。
企業のタイムスパンなんてことについて考えたのも『時間についての十二章』を読んだからだった。企業に限った話ではない。「近代社会は長い時間を支えるシステムを失なっている。短い時間しか責任を負えなくなった」(『時間についての十二章』)と氏は言う。そもそも近代社会の進もうという直線的な進歩、発展の時間軸と、循環をえがく自然の時間の間に齟齬がある。故に近代社会は自然を管理するのに失敗し、人間は自然の許容量からはみ出そうとしているのだ、と。
内山節のことについてはまた改めて。