舞城王太郎『煙か土か食い物』

子どもの水ぼうそうに端を発するように家中が体調不良に見舞われて、私もこの前の日曜日くらいから胃腸を壊し、ようやくここ一両日で快復しました。ご飯をきちんと食べられるというのは改めてうれしくもありがたいことでございます。食べること自体好きですからねー。太らないから食べる物にも制限がありませんし。不調だった間に食べた神保町バンタウンの肉みそ温玉粥もおいしうございました。また不調になったら食べに行きませう。
というわけで今日の本題は舞城王太郎煙か土か食い物』。何よりもタイトルがようございます。あいまい過ぎず意味ありげで4−3−4という音の配置も気持ちいい。舞城作品は初めて読みましたが、『好き好き大好き超愛してる』も『阿修羅ガール』も題名がいい、と思っていて注目はしていたのです。で、実際に読んでどうだったかというと……題名が一番良いところなのかも。
粗筋は、国会議員の奈津川家四兄弟の四男、奈津川四郎が、母親を襲って昏睡状態に陥れた犯人を捜して推理と探索を繰り広げる──というもの。それに奈津川家の暴力的な親子関係や兄弟関係、兄弟(特に二郎)と他の人間との間の暴力が肉付けをする。しかしはっきり言って推理も何もあったものではありません。当てずっぽうがずばずば的中する、と言うと事態は逆で、むしろ世界が主人公の思い込みの範疇で回っている。だから実際の世界、実際の事件がどのようなものか、という手応えは得られず、あくまで主人公にとっての事件と世界はどのようなものか、という形でしか小説中には書かれていない。これは一応、書き手として首尾一貫した態度で責めるには当たらないのですが、それにしても事件が薄い。本格ミステリのような緻密さを求めるとバカらしくて付き合いきれないでしょう。暴力の描写は一種の意匠。あってもよいし、無くともよいようなものです。
それでも舞城がこの作品で注目され、以後も一部の期待を集めているのはなぜかといえば、何だか元気のいい文章のおかげでしょう。これを文体というのかどうか、までは私には分かりませんが、確かに何だか勢いはあります。こんな感じ。

「逃げるぞ四郎!」と一郎が素っ頓狂な声をあげてキーを突っ込みアクセルを踏み込む。「よっしゃ、ぶっ飛ばせお兄ちゃん!」と俺も声を上げる。突然訪れる異常に愉快な気分。竜巻のような高揚。一郎のベンツがギュギュギュギュとタイヤを軋ませて駐車場をロケットスタートしたとき、唐突で脈絡ゼロだが俺はある種のエクスタシーを感じる。俺達は兄弟だ!この時の一郎は二郎の霊でも乗り移ったみたいに見えたが本当は単に一郎も二郎も兄弟だから実際ちょっと似たところがあるのだ。一郎の一部は二郎だし、それと同じように俺の一部も二郎だ。そして俺の一部は一郎だし一郎の一部も俺なのだ。だから俺も一郎も病院の駐車場を飛び出てから一緒に大笑いだった。むちゃくちゃスカッとした。同時に気恥ずかしい気分だった。おいおい俺達こんな側面まで見せていいのかよと俺は思わないでもなかったが構うものかという気持ちの方が強かった。なぜなら、繰り返すが、俺達は兄弟だからだ!何を恥ずかしがることがあろう!それにしても一郎が誰かに暴力を振るうとはね。俺と殴り合うとはね!

別にこの程度の威勢の良さは珍しくもないだろう、という向きもあるかもしれませんが、長編で全編テンションを上げ続けという例はそれほど多くもないので、一つの特徴とは言えるでしょう。これが良いのかどうかはよく分かりませんが。まあ、他の作品も文庫化されたら読んでみます。これも文庫化がきっかけで去年の暮れに読んだものですし。もう1カ月半も前の話ですね(^^; 感想ぐらいすぐに書こうかと思ったのですが……。