読書

渡辺京二『原発とジャングル』

渡辺京二さんは近代文明に懐疑的ではあるが、でも決して否定的というわけではない。元々は貧乏でもあってろくにものを持つこともなかったが、本の収集にはあらがいがたく、熊本地震では本と本棚に難渋させられたという。その渡辺京二が地震後にタクシーに乗…

渚にて

今年最初の読書はネヴィル・シュート『渚にて』。北半球が核戦争で壊滅した後、放射性物質で人類が滅びるのを待ち受ける南半球はオーストラリアを舞台にした物語。ぎりぎりまで普通の生活を送ろうとする人々の姿は、おそらく私たち自身が同じ境遇に置かれた…

「幻影の明治」続き

前日の補足として若干のメモ。 司馬遼太郎は先の大戦で軍と日本の非合理を憎み、結果として合理主義、近代主義を志向。そこから日本がよりマシだった時期を求めて、幕末〜日露戦争期を持ち上げる形で描くことになる。弱者が強者になることを憧れる物語として…

渡辺京二「幻影の明治」

渡辺京二氏の著作の中にちらほらと山田風太郎の名前が出てくるのに気付いてはいたが、「幻影の明治」は風太郎を正面から扱った章が冒頭に置かれる。いわく「山田風太郎の明治」。渡辺氏のような知的な人には似つかわしくないほどの大絶賛で、風太郎ファンと…

内山節つづき

自分の子どもについて、将来どんな職業に就いたら良いのだろうか、と思うことがある。もちろん成りたいものに成ればいい、というのは大前提。しかし真っ当な仕事って何だ。経団連の言うことやることを見るにつけ、民間企業はことごとくダメなのではないかと…

高橋源一郎『日本文学盛衰史』承前

文学も芸術であるならば、その使命というか目標は、世界を描くことではないか。描くとか切り取るとか直に触れるとか、言い方は大体だが。ラカンみたいな図式(らしい)になるが、人間は世界自体(現実界)へはアクセスすることができず、主として言語を媒介…

高橋源一郎『日本文学盛衰史』

高橋源一郎『日本文学盛衰史』(講談社文庫)を読む。文学を立ち上げる現場の勢いと息苦しさに高橋源一郎自身の困難が重なり合って、興味深い。困難とはむろん書くことの困難。当たり前のように日本語でものを書くということが、いかに当たり前でないか。そ…

舞城王太郎「ソマリア・サッチ・ア・スウィートハート」

たとえ大状況に絶望しても、日々の生活においてはあきらめることなく、できる範囲で善を追求せよ――というのが当世風の賢い身の処し方なのだろう。時々疲れるにしても。 舞城「ソマリア……」は『スクールアタック・シンドローム』(新潮文庫)所収の書き下ろし…

モーム『人間の絆』(中野好夫訳、新潮文庫版)

「新しいものは読まないの?」 「サマセット・モームならときどき読むね」 「サマセット・モームを新しい作家だなんていう人今どきあまりいないわよ」と彼女はワインのグラスを傾けながら言った。「ジュークボックスにベニー・グッドマンのレコードが入って…

「愛のひだりがわ」

筒井康隆「愛のひだりがわ」を読む。良いタイトルです。おやっと思わせる謎があるし、響きもきれいで覚えやすい。人は見かけが9割だというなら、本はタイトルが9割でしょう。まあ、手に取ってみるまでの話ですが。本は人とは違うので、内容の良しあしまで…

戦争における「人殺し」の心理学

ちくま学芸文庫『戦争における「人殺し」の心理学』を読む。戦争であろうと人間は簡単に人を殺せるものではない、という事実を改めて教えてくれると同時に、現代の軍隊がいかに人を人間らしさからうまいこと遠ざけてゆくかを教えてくれる本でもあります。 厚…

デイヴィッド・コパフィールド

小説というのは長ければ長いほど面白いと言ったのは奥泉光だと思いますが、確かに小説というのは長さ自体に徳とすべきところがあると思います。ディケンズの代表作『デイヴィッド・コパフィールド』も例外ではなく、長いがゆえに面白い。とりあえず引用。 「…

『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』を読む。フィクションを読んだのは久しぶりです。人間年を取って小うるさくなってくると素直に小説など読めなくなってくる、などと思ったり。しかしこの作品はちょっと面白く読みました。 あらすじはリンク先…

舞城王太郎「バット男」(承前)

バット男とはバットを抱えて調布の町を出歩く、みすぼらしい男のこと。何かあるとすぐにバットを振り回すが、実際にそのバットが何かに対して振るわれることはなく、むしろ悪ガキどもに奪われてバット男自身が殴られるのが落ちだ。それを「僕」はただ傍観し…

舞城王太郎『みんな元気。』

「バット男」のことを書く前にこちらも読み終わってしまいました。こちらも短篇集。舞城作品らしく、どれも暴力的かつ感動的で、前向きに肯定的。読んだ印象は似通ってはいますが、中では「スクールアタック・シンドローム」が面白うございました。小説のラ…

舞城王太郎『熊の場所』

しばらく読書というカテゴリが出てきませんでした。二男が生まれてから、本当に読書のペースが落ちたから──と思っていたのですが、今も大して生活は変わらないにもかかわらず冊数だけは増えつつあります。バフチン『ドストエフスキーの詩学』を読むのに時間…

舞城王太郎『阿修羅ガール』『世界は密室でできている。』

文庫化された舞城王太郎を2冊。今は図書館で借りた『好き好き大好き超愛してる。』を読んでいますが、読み終えた2冊の方から簡単に。 『阿修羅ガール』はそれなりに傑作です。感動的です。まあ、正直に言うと私は何にでも安易に感動してしまう方で、「一杯…

木田元『偶然性と運命』『新人生論ノート』

福知山線のJR事故のニュースを見ていると、大惨事の起きた1両目、2両目に乗っていた場合でも、わずかな立ち位置の違いが生死の運命を分けていることに憮然たらざるを得ません。人はそれを、死者にとっては不幸な偶然と考えるかもしれないし、自らの手の…

舞城王太郎『煙か土か食い物』

子どもの水ぼうそうに端を発するように家中が体調不良に見舞われて、私もこの前の日曜日くらいから胃腸を壊し、ようやくここ一両日で快復しました。ご飯をきちんと食べられるというのは改めてうれしくもありがたいことでございます。食べること自体好きです…

小西行郎『赤ちゃんと脳科学』

育児本というのはあまり読んだことがありません。漫画家のエッセーみたいな本は別として。まあ、雑誌や新聞で書いてあることで大体おなかいっぱいという感じでしょうか。育児についてはみな思い思いのことを書いたり言ったりしているようにも見え、どれも話…

『絵のある人生』

安野光雅『絵のある人生』(ISBN:4004308569)は、当代の人気イラストレーター・絵本作家が絵画との付き合い方を教えてくれる本。「抽象画は分からない」といった素朴な疑問にも寄り添って、素人目には変な絵との付き合い方も一緒に考えてくれます。実例とし…

『アフターダーク』

たまには売れ筋の本も。村上春樹の小説は一通り読んでいるのですが、今度の小説『アフターダーク』(ISBN:4062125366)も比較的早くに読めました。 最近の村上春樹の小説は象徴的なものを前面に出している印象を受けます。だいたい「世の中には闇にうごめく…

『大野晋の日本語相談』

しばらく間があきました。今更ながら夏休みで少し遠出していたこともあり休止状態に。子供も暴れますし。歩けるようになったこの先月来、一段と人らしくなってきたようであります。やたらと外へ出たがるわ、何だかよく分からないけれどしきりとしゃべるわ、…

『日本の名随筆3 猫』

猫について書こうという人間は冷静さを失うらしく、このアンソロジーでもけっこうな猫狂いぶりを披露してくれています。もっとも、そのバカさ加減が随筆をユーモラスに仕立てている場合もあって、猫というのは随筆の題材には悪くないものかもしれません。何…

直木孝次郎『古代国家の成立』

日本の夏は読書の季節なのだなあ、と電車で隣に座った女の子が『堕落論』を読んでいるのを見て思いました。確かに夏の暑いときには、じっとして本でも読むのがよい過ごし方でしょう。各社の文庫も夏ごとにキャンペーンをやっていますし。 直木孝次郎『古代国…

カンバセイション・ピース

保坂和志『カンバセイション・ピース』読了。小説の単行本を買うのが嫌いなもので(文庫本は好きです。最初から文庫で出してくれれば良いのに)、発売以来読みたいと思っていたのですが、近所の図書館のお陰でようやく念願かないました。保坂和志の書くもの…

今どきアナトール・フランスなんて

アナトール・フランス『神々は渇く』(岩波文庫)を読みました。これも以前に買ったまま放置されていた本。概略以下のような話です。 時はフランス革命期、それもロベスピエールの台頭からテルミドール反動までの恐怖政治期が主な舞台。美貌の青年画家、エヴ…