総選挙とか

なんだかんだで総選挙に。政治家が皆どことなく生き生きしているのは、そもそも選挙(のようなお祭り騒ぎ)の好きな人たちの集まりだからだろう。さもなければ何期も務められるはずがない。そう考えればこのところ政策論議が全く進まなかったことも、解散が決まって一気に幾つかの法案が片付いたこともよく理解できる。選挙がいつだか決まらないうちは、皆さん気もそぞろで政策どころではなかったのだが、選挙が決まって元気百倍。とっとといろいろ片付けよう、とばかりにぞろぞろ法案が片付いた――というわけで、ろくでもない選挙だと思う。同日選でやれば何かとすっきりしただろうに。それまでは挙国一致でやれば良かった。
とはいえ総選挙。今回の選択肢はどんなものだろう。フラフラの頼りない民主党、恥知らずで無反省な自民党、限りなくうさん臭い第三極とやら、ですか。他は? 社民党共産党が本当の意味での第三極を作ればよいのに、と思うのはせんないことか。高負担高福祉、再分配重視、内需拡大、平和外交、等々の方針を正面から打ち出す政党は必要、と思うのだが無いものは仕方がない。
この前(09年)の衆院選で分かったことは、物事が選挙によって一気に良くなる、などということは起きないということだった。期待と現実のギャップの大きさに、民主党に投票した人は失望を深めたのだろう。私も失望はしたが、良い経験だったとも思う。政権交代に幻想を持ちすぎることは愚かなことだとわかったのだから。これについては、アメリカの人々の方が深く感じているかもしれない。「チェンジ」を掲げた、大きな権力を持つやり手の大統領が、さまざまな改革を施したにもかかわらず、国の置かれた状況はけっして良くなってはいないのだから。
物事が一気に良くなることはない。であるなら、少しずつ良くしていかねばならない。今度の選挙は、そういう視点で投票先を決めるべき選挙ではないか。
ここまで書けば、いわゆる「第三極」への私の不信感は明らかだろう。橋下徹大阪市長が求めているのは事実上の白紙委任のようだし。石原慎太郎氏は、いいかげんに大敗北を味わわせてさしあげるべきだと思う。石原氏は死に場所が欲しいというか、死に花を咲かせたいというか、とにかく何かロマンチックなことをしたいだけなのだ。あえて言えば、都議が尖閣へ上陸するなら、石原氏は北方領土を目指せば良かった。ロシアの沿岸警備隊なら、本当の死に場所を作ってくれたかもしれない。
安倍晋三自民党総裁は以前に書いたとおり、受け入れがたい全体主義者。野田佳彦首相の方がまだしもマシだろう。野田首相でひとつ政治家らしいと思った点は、失言の少なさ。小沢一郎氏のように黙ることで失言を回避するわけではなく、とにかく余計なことを言わない。喜怒哀楽が顔に出にくいのも政治家としては長所だろう。菅直人氏などは素朴すぎた。
都知事選も惨憺たるもののようだが、こちらについては候補が出そろってから。