水に落ちた犬をたたけ

朝日新聞へのバッシングがすごい。従軍慰安婦の強制連行報道で、証言が虚偽だったことを認めたせいだ。しかし、その情報源は発言のいいかげんさで当時から有名だったらしい。なぜ他のメディアが報道の時点でチェックを入れなかったのか疑問は残る。裏付け取材ができなかったからあきらめたのか。
それはともかくバッシング。朝日があまりに頭の高い訂正記事を出したからなのか、世は批判一色に染まっている。朝日の記事そのものを読んでいないので何とも言えないが、訂正しても謝罪はしないのが怒りを買っている面もあるよう。これについては事故処理が下手だと言うほかない。謝るなら思い切って謝ればよい。とにかく全力で謝ることだ。今の日本人は、弱い立場におかれた者をたたくのが好きだ。覚悟してたたかれる方が、結果的に傷は小さくなるだろう。むろん嫌な風潮である。朝日新聞に対する感情がどうであれ、便乗したくはない。
慰安婦について強制があったのかどうかは、全てのケースを点検することができない以上、はっきりしたことは言えないが、強制された、少なくとも業者にだまされたケースが一つも無いとは思えない。慰安婦は商行為だと堂々とおっしゃる人は、今の世で風俗店で働かざるを得ない女性も、みな自由意思で働いているというのだろう。貧乏だの借金だの暴力だの、人を望まぬ境遇へ強いるものがあることには目をつぶったままで。どこぞの市長さんのように。
ただ、日本も韓国も、慰安婦を政治問題化し過ぎた。朝日新聞慰安婦への謝罪を戦争に対する反省の象徴にしてしまい、韓国は慰安婦を一種の踏み絵にしてしまった。慰安婦の強制連行を認めないならお前はファシストだ、と言わんばかりに。そのような状況ではもはや、慰安婦だった女性の言葉を虚心に聞くこともかなわない。個人的な理解としては、彼女たちはどのような事情があって慰安婦になったにせよ、戦場で虐げられ、また慰安婦であったと告白できなかったという点において後の世にも虐げられた。ただ、今や彼女らの言葉も、外部の政治の影響を免れない。あとは時の政治がいかに振る舞うか、というだけの問題になってしまった。事実がどうかということではなくなったのだ。
まあ、あえて朝日新聞に言いたいことがあるとすれば、彼らの給料は高すぎるということぐらいか(笑)。世間並みの給料にしたならば、少しは世の怒りも和らぐかも。